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村社会の葬儀で地元の人が取り仕切るメリットとデメリット

村社会のお葬式のメリットデメリット

  • 【名前】高橋孝介
  • 【性別】男
  • 【当時の年齢】六歳
  • 【住んでいる場所】福岡県北九州市
  • 【葬儀の形式】仏教葬

祖父の葬儀に出たときの話

もう二十年近く昔になりますが、私の父方の祖父が亡くなったとき、父の地元で行われた葬儀に行きました。

今では葬儀屋さんに取り仕切ってもらうのが一般的なのかもしれませんが、祖父が住んでいた地区は村の意識が強く、葬儀も地元の住民がお金を出し合って、自分たちで取り仕切るという形をとっていました。

会場も、専門の葬儀場ではなく、地元の集会所に祭壇を設けて、お花を飾り、近くのお寺からお坊さんを読んでお経を唱えてもらっていました。

 

そのときの私はまだ幼く、祖父が亡くなったということの理解もほとんどわからなかったのですが、当時の記憶だけは細かく映像として残っています。

そして、その後何度も葬儀を経験していくうちに、あれはこういうことだったのかと理解できるようになっていきました。

最近の葬儀の傾向とは全く違うものだと思いますし、都会に住んでいる人にとっては、ほとんどお目にかかることもない葬儀のやり方だとは思いますが、今でも田舎の方に行けば、こういった葬儀の形はまだ残っていると思うので、参考になればと思います。

地元の人が集まって葬儀を執り行う

私の父は、父方の親戚とはほとんど関わりを持っていなかったため、私としても、祖父母以外の父方の親戚とは全く付き合いはありませんでした。

お正月には毎年、祖父母のところに挨拶に行っていたのですが、そのときも、父の兄弟などとはわざと時間をずらしていたので、私に何人の親戚やいとこがいるのか、今でもわかりません。

祖父の葬儀の際、何人かの子供が来ていたので、それが私のいとこなのだろうと思いますが、一緒に遊んだりすることはもちろん、言葉を交わすこともありませんでした。

 

お通夜のときは、広い畳の間に大勢が集まって食事をするのですが、そこで出される料理も、地元のおばさんたちが集会所の調理場で作っていました。

亡くなったのは私の父親の父親なので、私の母の地元ということではないのですが、母も地元のおばさんたちと一緒に調理場に入り、作業をしていたのを思い出します。

そして一通り料理を作り終えたところで、おばさんたちも祭壇が設けられた部屋に入ってきて、お坊さんもやってきて通夜が始まります。

子どもにとって、じっと座って意味もわからないお経を聞くのは苦痛以外の何物でもありませんでしたが、そこは我慢しておとなしくしていました。

 

通夜が終わると、先ほど調理場でおばさんたちが作った料理が運び込まれ、縦に繋いだ長机の上に並べられます。

父を含めた男の人たちは、ビールを片手にわいわい騒ぎだしますが、お葬式って意外と明るい行事なのだろうか、と思った記憶があります。

食事の後、父は地元の人達と何やら話し込み、母は調理場に戻っておばさんたちと後片付け。

私は暇なので集会所の中をうろうろしていたのですが、祭壇に近づいて、供えられている花をとろうとして怒られた記憶があります。

 

翌日が葬儀でした。

昨日同様に長ったらしいお経を聞いて、出棺の前に棺に花を供えました。

祖父の記憶はあまりありませんが、なんとなく、これが最期なんだなと思いました。

その後、火葬場に行き遺体を焼きましたが、各種手続きは葬儀屋がやってくれたのでしょう。

火葬を終えて遺骨を持って帰ると、またお坊さんが来てお経を唱え始めました。

今ではすっかり慣れた光景ですが、当時は、一体何回同じことを繰り返すんだと、子供心に苛立っていたのを覚えています。

 

そして、それが追わればまた食事が運ばれてきました。

遺族が火葬場に行っている間に、地元のおばさんたちが調理場で料理を作ってくれていたのです。

大人たちはビールを飲んで楽しそうに談笑し、私たち子供は大人しくお皿にのったおにぎりを食べていました。

地元の人が取り仕切る葬儀のメリットとデメリット

その後大きくなるにつれて、何度も葬儀は経験しましたが、あのときのように、地元の人達が大勢集まって、みんなで葬儀をするというのはありません。

これが私の人生において初めて葬儀に出た経験なのですが、そのときはこれが一般的なのだと思っていました。

私たち家族は引っ越しをして、その地域から離れて暮らしていたので、あれ以来葬儀といっても、綺麗な式場で葬儀屋やすべてを執り行ってくれるというのが当たり前です。

ご近所さんといってもそんなに深く関わるようなこともありません。

ですので、父の地元で見たような光景はついぞ見たことがありません。

 

もちろん葬儀屋の方も関わっているのですが、それは霊柩車を出してくれたり、司会をしてくれたりといってくれたことだけで、会場や食事は地元の人達で用意したという感じです。

後々、大きくなってから聞いた話ですが、そのあたり一帯の住人は、昔から誰かが亡くなると、みんなで通夜と葬儀を執り行ってきたそうです。

元々、何かあったときのためにみんなで出し合って貯めていたお金を使うので、誰かに費用の負担がかかるということもないそうです。

 

昔から貧しい地区で、個人では葬式など上げられないためにそういった制度になったらしいのですが、昔ながらというのか、村社会特有というのか、都会ではありえないだろうなと思います。

その数年後に祖母が亡くなったのですが、やはり同じように、地元の人達が集まって葬儀をしてくれました。

祖父母が二人とも亡くなってからは、全くと言っていいほどその地域に行くことがなくなってしまったので、今でも同じような葬儀の仕方をしているのかはわかりませんが、おそらくは変わっていないのだろうと思います。

 

個人によって意見が分かれるところだと思いますが、メリットとしては、費用が安く抑えられること、みんなが手伝ってくれるので、その遺族だけの負担が減ることでしょうか。

村社会ではそのメリットだけで十分なのかもしれません。

 

しかし、私個人が感じているデメリットとしては、誰かが亡くなったら、自分もその人の葬儀に駆り出されることになりますし、親族だけで式を執り行いたい場合、ご近所さんたちがみんなで集まって式を執り行う形式は、有難迷惑になる可能性があります。

そして、なかなか断りづらい環境であることも確かです。

きっと、昔ながらの檀家制度的なものも関係しているのだと思います。

昔から一族が代々ずっとその土地に住んでいる場合、仏教徒なら、その地域の祭祀を独占的に執り行うお寺があったりします。

その場合、個人個人ではなく、あくまでもその地域全体で考えているため、なかなか一人だけ勝手に葬式を上げるということはできないのでしょう。

 

私の場合は、もうその地域とは関わりのない人間ですし、私が死んでも家族が勝手に葬儀場やお坊さんを見つけてきて葬儀を上げるのだと思います。

しかし、お墓は例の地域にあるので、そういった関係からも、日本の仏教徒にとって、地域社会の構図からはなかなか抜け出せない部分があるのも事実でしょう。

余談ですが、前述の通り、私の家は一応仏教徒ですが、父親が檀家制度を嫌っていたため、ほとんど無宗教に近い状態でした。

ですので、父が他界したとき、遺言に従って葬儀も上げませんでしたし、戒名もつけませんでした。

もちろん、父の地元の人も一切呼んでいませんし、お経も上げてもらっていません。

簡単に火葬だけをしたのです。

 

しかし、お墓はやはり、父の地元で、祖父母も眠ってある場所です。

その後、父の兄、つまりは私の伯父にあたる方だけに連絡して、お墓に遺骨を置いてもらっていますが、その後、父の地元の方たちから連絡があって、改めてお別れ会をするから来ないかと言われました。

もちろんそこにはお坊さんもきて勝手にお経を上げていくのでしょう。

私は断りましたが、なんだか複雑な気持ちになりました。

管理人からのコメント

多くの方の体験談を読んでいますと、やはり葬式には手間取ることが多いようです。

特に初めての場合ですと、相当苦労されている方ばかりですね。

だからこそ、生前にお葬式の準備をすることが大切なのではないでしょうか?

事前に葬儀社を決める場合は、複数の業者を比較するのが一番です。

複数の中からあなたの希望に合った葬儀社を選ぶことができますからね。

万が一、変な葬儀社に依頼をしたら、最後のお別れが台無しになります。

そんな苦い思い出が故人との最後の思い出になるのはとても悲しいことです。

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