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戸惑うばかりのお葬式でたくさんの失敗した【体験談】

慌しいお葬式

  • 【名前】田丸修二
  • 【性別】男性
  • 【年齢】47歳
  • 【地域】熊本市北区植木町
  • 【葬儀の種類】仏式

初めてなことでとまどうばかり

父の葬儀の打ち合わせや段取りなどやらなければならないことはわからないことが多々ありましてまったく初めての経験で戸惑いました。

まず戸惑ったことは、ただ葬儀に参加するだけで、ほとんど葬儀屋さんがやってくれるだろうとという思い込みが自分にあったせいか、父を亡くしたことのことが大きく感じていた自分でしたから、ほとんどぐずぐずした状態でした。

 

まず、最初に戸惑ったことは、地域の自治会や父が所属していた老人会の方々へのお礼や、案内文書などの作成関係の打ち合わせなどでした。

まず地域の組織に対してのいろいろなことが、交わってしまいまして、何がなんだか分からなくなって知ったんです。

冷静に考えってみればなんでもないことのようなことだったんですが、気が動転していたのでしょう、わからなくなっていました。

 

手順そのものがよくわからず、葬儀屋さんがある程度はいろいろ説明していただきましたが、これまでに一度も葬式の段取りを進行したことはありませんでしたからすべてが新鮮ではありました。

葬式と言いましても弔問客が参列していただくところを見ていて頭を下げていればいいものではありませんでした。

特に大変のに感じましたのは通夜のときでした。

 

なんと案内のはがきに老人会の名前と会長さんの名前を記入することをしておらず、完全な手違いをしてしまったんです。

これには自分でも呆れてものが言えませんでした。

それで私は老人会の会長さんのところへ通夜のときに始まる前に行きまして「この度は大変失礼をいたしまして申し訳ございませんでした」と謝りに行きました。

父の葬儀にこんなことになるなんて思ってもいませんでした。

父に笑われているような気がして嫌な思いをしたものでした。

無事に終わったお通夜

そのようなことで失敗からスタートした通夜、葬儀ではありましたが、何もわからないまま進んで行きました。

こんなものなのかなと自分にいいきかせながら、通夜終わりました。

その夜は弔問客の方々が予定の数よりもかなり多くて通夜返しがたりなくなったのを覚えています。

だいたい100名くらいではないかとおもっていたのですが、なんと200名くらいの弔問客の方がきていただいたんです。

この時に思いました、父はたくさんの方との人間関係があったんだなあって痛感しました。

 

その時の心境としましては、悲しいいことよりも、人がたくさんでどの顔がだれなのかさっぱり分からない状態でもありました。

遺族はただただ頭を下げるのみだったような気がします。

娘の感動的な挨拶

そんな中で通夜の後の次の日の葬儀にはやってよかったことが一つだけありました。

それはあいさつです。

通夜の夜に家族ではなしあったのですが、私には娘がいるのですが当時小学校六年生の娘がおじいちゃんに対しての挨拶をするということでした。

内容的には普段の父の生活を娘がうつしだしてように言葉で変えてみんなに話してくれました。

故人もさぞかし喜んでいるとは思うのですが、父は子よりも孫がかわいかったんだと思っていましたから、親である私たちもすごく喜ばしい気持ちになったものです。

来ていただいている弔問客の皆さまも感激されて涙を流されていましたが、悲しいということよりも娘がしっかりとみんなの前で話ができたことに喜びを感じたものでした。

たくさんの方とお会いすることは結婚式か葬式くらいしかありませんが、このひとつの集まりに私は感激と感謝を感じたものでもあります。

葬儀の様子

このときの葬式場内に人がいっぱいで椅子もたりなくなるような状況になってしまっていました。

こんなになるとは通夜のときと一緒でびっくりしたものでした。

お坊さんのどっきょうというものですがこのときの声の太さと響きが心の中にぐっと入ってきたものでした。

これが葬式をやる側の気持ちなんだなあとしみじみ感じたものでした。

 

父を亡くした悲しい気持ちは小さくなりまして、このときは失敗のないよう気をつけるばかりではありましたが、あまりにもおごそかな雰囲気だったのを覚えています。

線香をあげてくださる方々に対して感謝の意をこめて頭を下げたりするのですが、だれがだれだかわからず、初めてお会いする方がほとんどで、すこし困った気持ちになったのを覚えています。

向こうから声をかけていただく分にはいいのですが、静かに頭だけ下げていかれるかたもいらっしゃる中でとても複雑な気持ちになったものです。

 

私は一人ひとりに頭をさげてはいましたが、ほとんどどんな方が来たかは少ししか覚えていません。

父の葬式に来ていただいた方にほんと感謝するだけの状態でした。

親族代表の挨拶での失敗談

線香の時間が終わりまして、弔電の紹介が終わりまして、いよいよ親族代表のご挨拶です。

そうです、私の出番なのです。

私は前日にあらかじめ考えていたことを紙に書いておりまして、それを一つ一つ丁寧に読んでいこうとおもったのですが、おもったことの半分もできなかったのが事実です。

挨拶ですから読んではいけないことは分かっているのですが、確実に父がどんな状況で亡くなったかを伝えたかったものですから書いてみたんです。

 

でも挨拶する段階になりますと、私の悪い癖が出てしまったんです。

それは何かといいますと、早口になってしまったんです。

もう少しゆっくりと話せばいいものの流すようなしゃべりをしてしまい、見苦しい感じもありました。

もっと話すことが上手にできる人間ならいいのですが、昔から口べたでどうしようもない感じですから、ちちもあの世で笑っているに違いありません。

どうにかこうにかでその場が進んでいったのですが、結果てきにはやりきった気持ちにはなりました。

弔問客の方の思い送り

それが終わると、次に弔問客の方々のお見送りということで、遺族は式場の出口に並ぶために全員移動しました。

そして横に並びまして、お帰りになる弔問客の方の思い送りです。

この時に一番難しく思ったことがありました。

私は頭を下げるばかりで、何をお客さんに言えばいいのか言葉が見つからないままでした。

一言はなにかいうべきだったと後悔しました。

私はただ「ありがとうございました」ばかり言っていたような気がいたします。

やはりなにか一言添えるのが大人であると思ったんです。

この辺はとても勉強になったところでもありました。

お葬式を終えての感想

やっぱり何もかもがはじめてのことばかりで、ちんぷんかんぷん状態です。

いろいろなところで失敗をしてるんですね。

葬式というものはこんあものだと痛感したものでした。

亡くなった父を天国に送ることは本当に大変なことだと思いました。

そして今回、人とのつながりが人間一人ひとりをささえているんだなあと感じました。

 

もしじぶんがなくなったらこんなに人は来てくれるのかなとか変なことも考えたりしたものです。

とにかく自分の身内が亡くなってみてわかることが、こんかいの葬儀でよくわかりました。

人間はひとりでは生きていけないものだということを良く感がさせられました。

私は葬儀がうまくいくことばかりを考えていましたけど、やはりそういうことではなくて、うまく行こうがいきまいが、大切なのは一人ひとりの心のありがたさというものが一番こころにのこったようです。

これから先、葬式には弔問客として参加することもたくさんあると思いますが、遺族側の立場を考えながらお線香をさしたり、相手の気持ち察してあげたりしながら大人になって行けたらいいと感じております。

管理人からのコメント

多くの方の体験談を読んでいますと、やはり葬式には手間取ることが多いようです。

特に初めての場合ですと、相当苦労されている方ばかりですね。

だからこそ、生前にお葬式の準備をすることが大切なのではないでしょうか?

事前に葬儀社を決める場合は、複数の業者を比較するのが一番です。

複数の中からあなたの希望に合った葬儀社を選ぶことができますからね。

万が一、変な葬儀社に依頼をしたら、最後のお別れが台無しになります。

そんな苦い思い出が故人との最後の思い出になるのはとても悲しいことです。

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