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家族を失った悲しみとお坊さん選びに大失敗で心残りがある葬儀に

家族を失った悲しみ

  • 【名前】田辺悠斗
  • 【性別】男
  • 【年齢】39歳
  • 【地域】広島県三次市
  • 【葬儀の種類】一般葬

家族で見送る最後の瞬間と喪失感

妻の母が末期の癌だったため、ある程度の覚悟はしていましたが、急な容態の悪化で思っていたよりも早く亡くなってしまいました。

もちろんこんなに早く葬儀を執り行うとは考えていなかったため、家族全員がかなり慌てましたし、まず何処で葬儀を執り行うのか、誰を葬儀に呼べばいいのかなどでかなり混乱したのを覚えています。

というのも、義母はかなり交友関係が広かったため、全ての人を呼んでしまうと葬儀が数百人規模になってしまうため、まず葬儀前に連絡を入れる人の選別でかなりの手間がかかりました。

葬儀自体はJAの葬議場で執り行ったため、準備などはほぼ会場のスタッフにお任せで遺族側は特に何も行なうことは無かったです。

しかし、香典返しの準備や親戚への連絡と泊まる場所の確保、遺影の準備といったことに関しては会場のスタッフには任せられないものでしたので、私を含め近親者で全ての準備を行ないました。

お通夜は親族中心で

お通夜の状況に関してはやはり若くして母を亡くした妻や妻の兄弟姉妹、義父の落ち込み方が尋常ではなかったため、夫である私や妻の姉妹の夫など男性陣が率先してお通夜での対応をおこないました。

記帳に来られる参列者への相手は妻や義父が対応しましたが、お通夜の受付業務や香典の管理、香典返しの受け渡しやお通夜に訪れた人の記帳といった業務は全て私と姉妹の夫が行ないました。

お通夜のスタートは午後5時からで、終わったのが午後10時、その後義母の眠る部屋へ親族一同で異動して、近親者はそこへ泊まり一夜を明かしました。

 

翌日は葬儀の本番でしたが、ほぼその場にいた人全てが一睡もせずに義母に付き添っていたのが非常に印象的でした。

義母はまだ59歳という若さで亡くなりましたので、妻たち義母の子供である姉妹の落ち込み方は半端じゃなかったのを覚えています。

特に通夜の時点ではまだ義母が亡くなってまる一日も経過していない状況でしたので、まだ心の中で整理がついていないという感じでした。

涙を誘う告別式

告別式は翌日の朝10時から開始されましたが、この告別式は非常に涙を誘う内容のものとなりました。

告別式で参列者に挨拶をしたのは義母の夫である義父だったのですが、義母を頼りきっていた義父の憔悴は非常に重症で、言葉を発しようにも涙で言葉が出ない、出るのは涙のみという状況での挨拶となりました。

最終的には長男が代わりに挨拶文を読み、告別式での挨拶となったわけですが、やはり若くして親を亡くすということの辛さ、長年連れ添ってきた妻を亡くすという喪失感が非常に濃くでた挨拶となりました。

お坊さん選びに大失敗し後悔の残る葬儀に

その後、お経を読み上げてもらうことになったのですが、このお経を読むお坊さんの選別を間違えたと今でも後悔しています。

というのは葬儀でお経を上げてもらうお坊さんを、義母の家の近くのお寺の住職にお願いしたのですが、葬儀当日住職は体調を崩しお経をまともにあげられない状態で葬儀場へ現れました。

どうやら前日にお願いした段階で体調が悪かったようなのですが、それを私たち遺族に隠してお経をあげるのを承諾したということだったようです。

そのため葬儀当日現れた住職は発熱しており常に咳き込むような状態でお経を始めたのでした。

もちろん数行お経を読んでは咳き込み、また数行お経を読んでは咳き込みを繰り返し、お経を読んでいた約1時間の間まともなお経を聞くことはほぼありませんでした。

 

これに関しては参列者から非常に強い憤りが噴出しましたし、こんな今日では義母も成仏できないということで告別式後に抗議に行ったくらいでした。

しかし告別式も葬儀もやり直しは出来ませんし、結局遺族は納得できない告別式を進行することになってしまいました。

住職からは一切謝罪の言葉も無く、その点も遺族の感情を逆撫でした結果となりました。

こんな葬儀は初めてだったので、とにかくまともなお経をあげてあげられなかった義母に対して今でも申し訳ない気持ちで一杯です。

 

すでに葬儀を終えて3年が経過し、三回忌も無事終わりましたが、今でもあのお経に関しての蟠りが消えることはありませんし、そのお寺との関係は完全に絶った状態になっています。

そのためお経をあげてもらうお寺の選択は非常に重要だと思いますし、少しでも変だなと思うお寺へのお経のお願いは行なわないほうがよいといえます。

葬儀での失敗は一生記憶から消えてはくれません。

妻たちの最後の親孝行

義母は癌で亡くなりましたので、生前の元気だった印象は底には無く、非常にやせ細ってしまい面影が全くない状態で亡くなりました。

そのためあまりにも可愛そうということで、義母の子である妻や姉妹たちが葬儀前に義母の顔に綺麗に化粧を施してあげました。

これは葬儀前のことですがやってよかったなあと今でも思っています。

親に対して子である妻たちが最後になる親孝行とでも言うのでしょうか。

通常は葬議場のスタッフが化粧を施すことがほとんどらしいのですが、義母に関しては親族が化粧を施すことができたのでその点は非常に良かったと思います。

遺影の義母と亡くなった義母の姿は、癌のためまるで別人でしたが、妻たちの化粧で少しでも生前の状態に近づけてあげられたことは唯一の救いだったのかもしれません。

火葬場は親族のみで

告別式が終わった後親族と参列者による献花が行なわれ、添えが終わった段階で納棺、火葬場への移動となりました。

火葬場への移動は親族のたっての願いで親族のみ移動ということになりました。

そのため火葬場へ一般の人は移動を行ないませんでした。

火葬の段階でやはりこれが義母の姿を見れるのが最後となることが分かっていましたので、時間をかけて最後のお別れを行ないました。

 

そのときに棺の中にお金を妻を含む姉妹、兄弟分の5枚いれました。

このお金は義母があの世でもお金に困らないように問う意味と、火葬後に取り出してそれをそれぞれ1まいずつ持っておくことで義母が姉妹、兄弟を守ってくれるという言い伝えを実行するためのものでした。

今でも妻のお守り袋の中にはその焼けたお金が入っています。

 

火葬にかかった時間は約1時間で、その後義母の骨をみんなで拾い集め骨壷に収めました。

そのときに黒い物体が焼け残っていたのですが、聞くところによるとそれが癌細胞であり、癌細胞は火葬しても焼け残るということを聞いていましたので、それを見て癌での闘病は辛かっただろうなとまた涙が出てきました。

骨壷へ骨を売れ終えた後、葬議場へ戻りそこでまだ待っていてくれた義母の知り合いに火葬が終わったことを伝え骨壷を祭壇に安置してみんなで手を合わせました。

一通りの葬儀を終えたあとの感想

これで一通りの通夜、告別式、葬儀、火葬が終了したことになります。

全てを終えて感じたことは、結婚式などとは違い通夜~火葬までの準備は計画だてて準備をすることがまったく出来ないため、非常に慌てるということです。

義母には5人の子供がいてみんな成人していましたし、全ての子供が結婚していたため手伝いを出来る人数が多かったのは救いだったと思います。

これは義母の子である妻や姉妹はやはり母を失ったことによる喪失感が非常に大きいため、通夜や葬儀での参列者への対応が困難になるというためです。

夫である私や姉妹の旦那に関しては、もちろん義母を亡くしたことによる悲しみは非常に大きいものでしたが、男性だからしっかりしなくてはという気持ちと妻を支えたいという気持ち、葬儀を滞りなく終わらせるという責任感が、通夜から葬儀までの間の気持ちを支えたのだと思います。

管理人からのコメント

多くの方の体験談を読んでいますと、やはり葬式には手間取ることが多いようです。

特に初めての場合ですと、相当苦労されている方ばかりですね。

だからこそ、生前にお葬式の準備をすることが大切なのではないでしょうか?

事前に葬儀社を決める場合は、複数の業者を比較するのが一番です。

複数の中からあなたの希望に合った葬儀社を選ぶことができますからね。

万が一、変な葬儀社に依頼をしたら、最後のお別れが台無しになります。

そんな苦い思い出が故人との最後の思い出になるのはとても悲しいことです。

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